娘の卒業式に出席して謳ったもの(1998年6月13日)
ガウン着て 記念撮影 はっとする 娘17 父は中年
17の 娘一人で 成長し 卒業式で 親父オロオロ
証書見せ 得意満面 笑み浮かべ ガウン颯爽 若さみなぎる
長女見て 次女の卒業 何時かいな 指折り数え ため息をつく
日本に滞在していた夏(1998年)にバスの中から友人に挨拶するが一向にバスが動かないので、二人とも嫌な雰囲気になった時
知人見て 挨拶がてら 手を振るも 動かぬバスに 二人イライラ
1999年2月医者から禁酒を言い渡されて
飲ん兵衛が 酒を断たれて 何残る 素面の素顔 何を求める
日に一杯 ワインが喉を 通るとさ これぞほんとの 雀の涙
酒飲めぬ 人生これは 何ぞやと いくら思うも 答え出て来ず
酒断たれ 他に残るは はて何か すべて空しき これからの道
飲み尽くし 人生すべて 閉ざされた 他に残るは 我の亡骸(なきがら)
人生は 酒と共生 バラ色が 検査と共に 駆け足地獄
禁酒令 晴天霹靂 無情にも 意志に背いて 五十路歓迎
2000年1月7日
2番目の娘が15歳になって両親と一緒なら運転ができる免許を取る資格が出来る数週間前に詠んだもの
アメリカでは父親か母親が助手席に座って辛抱強く運転の仕方を教えなくてはいけないのです。娘の運転する車のデス・シートに乗る勇気がない父親の気持ちです。
お父さん 私の車 どうですか いやはやなんて 断わろか
如何にして うまい理由を あみだすか 避けねばならぬ 助手席よ
お母さん 遠慮せずに 助手席へ そこはあなたの 専用席じゃ
2000年7月一ヶ月日本を旅行した時に詠んだもの
黙々と 歩き回った 京の街 日暮れと共に 三万歩強
(京都で金閣寺、銀閣寺と徒歩で一日中歩いた日)
金閣寺 いざ撮影と 張り切るが 一枚撮って バッテリー切れ
2000年8月、一ヶ月の日本旅行から帰って
オフィスにて 仕事再開 気はあるが しばし待てよと 体抵抗
夏休み 楽しむ時間 あったのか 終わり近付き 満足度ゼロ
9月から 5月末まで 息付けぬ 夏休みだけ 飲み屋回りを
2000年9月テニスのレキシントン・オープンの後で
「二十路代 何ぞとばかり 抵抗し 目出たく取った 優勝カップ」
(準決勝、決勝の相手が23才のロースクールの学生二人だったのです!)
「よく見ると どちらが勝者 分からない 疲れ切ってる 五十路男性」
(全力を出し切ったので、さすがに試合の後は疲労困憊で冗談を言う余裕もないという次第でした)
2002年11月アクトフルの学会出席でのハプニング
空港で 霧には勝てぬ 待ちぼうけ 離陸せぬかと 辛抱強く
(4時間待たされた挙げ句、最終便のフライトを逃した時の心境)
疲れ果て 辿り着くなり チェックイン 思いもかけず キャンセルとは
ふざけるな 一泊分を 前払い それでもマジに キャンセルか?
(ホテルに着いて予約が全部キャンセルされたと知った時の一句)
部屋を見て 頭の中が 真っ白に 頼んでおいた 機械いずこに?
(ペーパーの発表の30分前にプロジェクターがないことに気が付いた時の一句)
怎Cジケビッチ
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