山本弘子校長



  1.何故「弘子」か?
    山本家は代々「書」に造詣が深く弘法大帥の影響を強く受けています。今までの当主は弘法大師に関係のある漢字は畏れ多くて名前に使用することを意図的に避けてきましたが、山本校長の父君は自分の子供には是非弘法大師の一字を使いたいと考えていました。息子なら「弘」、娘なら「弘子」と決めていらっしゃいました。山本校長御誕生の時かぐや姫のようにかわいかったので、「竹取物語」から名前を取って「竹子」にしようか、やはり「弘子」にしようかとても迷ったそうです。悩みに悩んだ末御自分では決められなくて、とうとう水晶占い、手相占い、星座占い、トランプ占い、ルーレット占い、オイッチョカブ占いなどすべての占師に占わせてその数で判断したところ1票差で「弘子」と決定したそうです。ちなみに、山本校長の「書」の腕前は如何かと言うと、私には判断できません。と申しますのは、校長は意図的に手紙を出さないのか筆無精なのか分かりませんが、手紙が返って来るのは稀で、しかもごくたまに返って来てもいつもワープロでお書きになるので判断のしようがないのです。

  2.ビデオに出演
  山本校長は1993年の夏だっと思うのですが、私の「日常生活に見る日本の文化」のビデオに友情出演して下さいました。第8話にカラオケバーのシーンがありますが、出演者の他にお客の役で何人か必要でした。東京書籍の日本語ビデオの担当者もエキストラとして出演してくれることになっていましたが、その相手役として山本校長にお願いしました。何回か交渉してその度に断わられましたが、しつこくお願いして何とか出て頂くことになりました。
  でも、撮影当日は日曜日で、たまたまカイ日本語スクールのパーティーの次の日でした。そのパーティーはそれはそれはものすごいパーティーで土曜日の夕方から始まって延々日曜の朝まで続くパーティーです。その日も例年の如く朝までパーティーがあり、山本校長も疲労困憊でお宅に戻りました。3時に撮影現場にいらっしゃる予定でしたが、3時を過ぎてもいらっしゃいません。心配になりお電話をしたら、やはり疲労のため起きられなかったとのことでした。カラオケのシーンは最後に撮影することにして、すぐ来て頂くようお願いしました。さぞお疲れだったでしょうが、そんなところは少しもお見せにならず出演して下さいました。


撮影の合間に撮ったスナップ写真

  その撮影で面白いエピソードがあります。私が書いた台本では、ジェーンのグループともう一つのカップルを画面の左と右に同じように座らせるはずでした。でも、どういうわけかジェーンのグループが前で、カップルのテーブルはジェーン達の後ろに追いやられていました。納得がいかずディレクターに文句を言ったら、彼の説明は、「あの女性(山本校長のこと)は目立ってしまってジェーンの影がうすくなってしまうんですよ。同じように座らせるとビデオを見る人の目があの女性に行ってしまって、どっちが主役か分からなくなるから、後ろに座らせたんです」というものでした。出来上がったビデオを見ると、画面の後方に山本校長がいらっしゃいますが、もっと前でジェーン達と同じに座ったら確かに主役は食われてしまったことでしょう。いろいろディレクターとは衝突しましたが、あのシーンに関する限りは彼の意見に賛成しました。皆さんもあのカラオケのシーンを良くご覧になって下さい。山本校長は後ろに隠れていますが、ピカっと光るものが感じられると思います。
怎Cジケビッチ
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