「生活の質の向上を目指して」

 日本は、経済大国になり世界で重要な地位を占めるようになって来たが、最近主に経済的な理由で外国から様々な批判を受けている。日本人は働き過ぎだから労働時間を短縮すべきだ、日本経済は家庭生活の犠牲の上に成り立っている、経済にばかり目を向けないで社会福祉をもっと重視すべきだ、などいろいろなことが新聞や雑誌を賑わしている。要約すると、日本は経済の成長にばかり重点を置かず、人間らしい生活を追い求め、国民の生活の質を向上させるべきだ、ということらしい。

 外国からのこれらの批判に対して、経済界や政治家が、国民の生活のレベルを上げるため、完全週休二日制の導入、年間労働時間を1900時間前後に短縮、子供の出生時に男性も長期間休めるような新しい産休制度の確立、などに向けて努力する旨を表明しているが、実現にまだ程遠いものが殆どである。仕事が最も重要、仕事が生きがい、と考える「仕事中毒」的な人間が多い日本人のサラリーマンの意識を変えない限り、生活の質を向上させることは不可能なのではないだろうか。

 日本の男性諸君に、仕事中心の考え方から、家庭を軸にした生活中心の考え方に意識の変換をさせるために、いろいろな手段があるだろうが、最も効果的な手段の一つは、女性が男性中心の社会に対して反乱を起こし、立ち上がることである。家庭を守り、家事一切を切り盛りするだけでも大変なことなのに、かつ育児、教育をすべて担当し、ボランティアなどを通して自分達の住むコミュニティーの活動に貢献する女性、特に妻達が、反乱を起こしたらどうなるか、少し考えてみたい。

   サラリーマンの場合、仕事が忙しくなれば会社に残って残業をする。サラリーマンに残業はつきものだが、主婦の場合、帰りが遅い夫を待って深夜まで起きていても、それは残業とは見做されない。夫から見れば、自分が家族を養うために夜遅くまで仕事をしているのだから、妻が起きて待っているのが当然、と考えるかもしれない。妻が専業主婦の場合、特にそう考えがちだ。が、その妻は、家事一切を夫の助けなしで一人でやり、子供の面倒も一人で見ている。キャリアウーマンの場合は、その上確固とした仕事もしている。それなのに、夫が遅く帰って来てから、食事の用意をしたり、風呂の世話をしたり、服の後始末をしたり、夫の話や仕事上の愚痴を聞いて上げるのが、残業でなくて何であろう。立派な残業である。会社の場合、残業でもらう金は勤務時間内の給料の30−50%増しである。妻の残業も同じように考えて計算したら膨大な額になるはずである。それを、無料サービスとして夫に奉仕しているのと同じことになる。夫の目を家庭に向けさせ、帰宅時間を早くさせるためにも、かつ家族が一緒に過ごせる時間を増やすためにも、10時以降の残業を全面的に拒否してみてはどうだろうか。

   次に、夫は、自分は家族を養うために自分を犠牲にしてまで長時間夜遅くまで働いている、と考えがちである。長時間夜遅くまで仕事をする、というのは事実である。ところが、実際は、仕事のことしか考えていず、家事、育児、子供の教育、妻や子供との精神的な触れ合いの重要性などにあまり興味がない場合が多くある。その証拠に、休みの日に、子供と遊ぼうとせず、「疲れた」と言ってテレビの前でゴロ寝したり、一人でゴルフのバッティング場やパチンコへ行ったりする男性が多い。このような男性を夫に持った不孝な妻達にできることは、会社と家族の選択を迫ることである。会社と家族でどちらの方が重要なのか、仕事は何のためにあるのか、家族として共同生活をする意義は何か、と問い詰めるのである。夫がそれでも会社の方が重要だ、と答えたら、「家族に重要性を認めない人と共同生活をしても意味がない、私と離婚して、会社と結婚しなさい。」と言い、共同生活不履行で裁判所に訴え、法外な慰謝料を要求するぞと、夫を威嚇すればいいだろう。普通、家庭内の不祥事は出世にも影響するし、事を荒立てたくないと考える夫が大半だろうから、成功する確率は高い。また、夫が家庭の重要性を認識し、もっと家族を大事にすることを約束したら、平日は仕事、週末は家庭、と完全に分離して、週末や休日には家族のために過ごすことを約束させればいいのではないだろうか。

 反乱の三つ目として、「教育ママ」を放棄して、子供の教育に夫の目を向けさせることが考えられる。現在大多数の家庭で、子供の教育を担当しているのは妻である。彼女等は、自分の生活を犠牲にしてまで、子供を一流大学へ入学させるために努力している。子供の高い教育費を確保するために、ドレスなど自分のために買いたいものも買わず金を節約し、自分のしたいこともせずに我慢する。一方、子供の立場から考えると、「教育ママ」からの圧力で、いつも勉強ばかりさせられ、あまり自分の好きなこともできず、精神的にストレスが蓄積する状態にある。母親が「教育ママ」の立場を放棄して、子供を勉強から解放して、勉強以外に本来子供がすべきことを自由にさせることにしたら、それは、母親にとっても子供にとってもプラスになることが増えることになる。今まで子供に勉強させることに常に神経を使ってきた妻達は、もう少し自分の人生のことを考える余裕も出来る。子供達に、勉強、勉強の連続で一流校に入るより、勉強以外のことをいろいろ経験して、豊かな人生を送る方がより人間的だ、という教育をする。子供達にとっては、受験勉強の重圧から解放され、自由な生活を経験することが可能になる。

 これに対して、今まで子供の教育をすべて妻に頼って来た夫達、子供を一流校に入れ、一流企業に入れるための教育が最高の教育と考えている夫達は、パニックに陥るであろう。妻達の新しい考え方を今まで通りの考え方に変えようとするか、あるいは自分から進んで子供の教育をすることにしようとするであろう。特に、後者の方を選ぶ夫が多くなればなるほど、会社中心の考え方が薄れ、家庭に目を向ける男性が多くなるであろう。いずれの場合でも、最早家庭を無視して仕事に励むことは不可能になり、夫の関心が職場から家庭に移ることは確かである。

 第四に、この社会の中での女性の重要性を男性に認識させるために、女性の労働力を一時的にすべて引き上げることを提唱する。最近キャリアウーマンとして社会で活躍している女性が増加し、主婦の半数以上がパートの仕事をしていて、日本の労働力の多くの部分を女性労働者が占めている。殊に、第三次産業のサービス業に占める女性の割合は非常に高い。その女性労働者が、計画的に一斉に職場放棄をするのである。パートで働く女性の地位向上のため、男性と女性の賃金格差の是正のため、など理由は何でもいいが、短期的にストをすることから始めて、男性中心の社会にショックを与える。それで効果がなければお互いに支援団体を確立して、女性労働者が一斉に仕事を辞めることにする。仕事を辞めることですぐに経済的に困る人達のために支援団体を作り、経済的に応援する。当然企業は、辞めた女性の代わりの女性を見つけようとするだろうから、この運動を始める以前から、女性同士の連絡を緊密にして、企業の誘いを拒否するキャンペーンを進めておく。この運動を通して、女性の重要性、女性の協力なくしては日本の社会が成り立たないことを、現在日本の社会をコントロールしている男性に認識させることが出来る。

 今までの歴史を見ても明らかなように、利益、特典を享受している者が、それらを自ら捨て、他人のために貢献する、ということはほとんどあり得ない。日本の社会の中心となって、様々な利益、特典を享受している日本人男性も例外ではない。彼らの生きがい、男性中心、仕事中心の考え方、を変えさせるのは容易なことではない。男性が自然に考え方を変えるのを待っていたら何十年かかるか分からない。これまで日本の男性を陰で支えて来た女性達が立ち上がり、早い機会に男性達に対して反乱を起こして、男性の目を覚ますことができ、男性、仕事中心の生活から、人間、家庭中心の生活へ移行させ、生活の質を向上させることが出来たら、それは女性にとってのみではなく、男性にも子供達にも、また日本の社会にとっても歓迎すべきことではないだろうか。(速水健次郎「辛口エッセイ」)

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