アメリカでは喫煙者の数が減少し、病院やレストランでは喫煙が厳しくチェックされ、オフィスでも完全禁煙を実施し、喫煙者がオフィスのあるビルの外でたばこを吸う光景も見られるほどである。禁煙の場所で間違って吸おうものなら即注意され周りから非難の視線を浴びせられる。統計上も既にかなり以前からたばこを吸わない人の数が喫煙者の数を大幅に上回っている。テレビでたばこの宣伝は禁止されているし、商品に「喫煙は体に良くない」と明記するよう法律で義務付けられている。
一方日本は一部の電車の駅で終日禁煙を行ったり、ファミリーレストランなどで禁煙席と喫煙席を設けたりしているが、まだまだ喫煙者天国である。先日JR横浜駅を通る機会があったが、ホームに「横浜駅は終日禁煙です」という案内が出ていた。よしよし横浜駅も山の手線各駅と同じようにたばこの煙に不快な思いをさせられなくて済むかと喜んだのも束の間、何とホームの端に「喫煙コーナー」があって何人かのサラリーマンがうまそうにたばこをふかしてるではないか。いくら狭い日本とはいえ「終日禁煙」の案内と「喫煙コーナー」はどう考えても同居できるはずはない。よほど駅長に話に行こうかと思ったが、大人気ないのでやめにした。
どうしても耐えられないのは、居酒屋など飲み屋に行った時である。日本に何十万軒飲み屋があるのか知らないが、店頭で「たばこを召し上がりますか」と聞かれて禁煙席へ案内されたことは皆無である。勿論お客の健康を考慮に入れて禁煙席を設けている店もあるのだろうが、私は不運にも一度も巡り会ったことがない。店に入った途端店員の「いらっしゃい」という声と共に店内に広がった煙の挨拶を受ける。男性の60パーセントが喫煙者であること、酒の席でのたばこは普段よりおいしく感じる、ということを考えると、飲み屋で喫煙者が多いのは当然かもしれない。しかし、何故たばこを吸わない人はたばこの煙を我慢しなくてはいけないのだろうか。飲み屋にたばこはつきものだから酒を飲みたければたばこの煙を我慢するのが当然とでもいうのだろうか。喫煙者が楽しむのと同じことがたばこを吸わない人にはできないのだろうか。たばこを吸わない人が煙がないきれいな空気を吸いながら酒を楽しむことができないのはどう考えてもおかしいことである。
さらにそれにも増して奇怪なのは、我々の健康を預かる医者の中に喫煙者が多いことである。「運動不足だから体重が増えて血圧が高いんですよ」、「ストレス解消には何か趣味を持って思いっきり仕事以外のことに集中するようにして下さい」、「アルコールが多過ぎますね。すこし抑えて」など患者に健康な体を維持する大切さを懇々と諭す医者が休憩時間に体に悪いたばこを吸うとはいったいどういう了見だろうか。自ら率先して健康維持の見本を患者に見せるべき医者が紫煙をくゆらすとはどこかおかしいのではないだろうか。(速水健次郎「辛口エッセー」)