「アンバランスの美」

 早朝まだ涼しいうちにさわやかな空気を吸いながらジョギングをするのは東京で味わえる数少ない贅沢の一つだ。5時ごろ起き出して公園を走ると、もうそこには犬を連れて散歩をしたり、早足で歩いたり、汗をかきながら走ったりしている人が数多くいる。犬を散歩させている人達のほとんどは手にシャベルとプラスチックの袋を持って、犬が散歩中にウンチをしたらすぐ拾えるようにしている。他の人に迷惑をかけまいとする姿勢が見える。感心、感心。

 また、家の中の掃除だけでなく、家の前の道路もゴミ一つ落ちていないようきれいに掃除する。町内会からみんなで町をきれいにしましょうなどと言われて嫌々ながら掃除するのではない。自分からすすんできれいにするのだ。ニューヨークやワシントンDCの紙屑や食べ殻が道に投げ捨てられている光景に慣れている人間にはゴミがほとんどない町並みはすがすがしい。

 更に、横断歩道で信号が青になるのを待っていて通り過ぎる車を見て気がつくのは、マイカーと思われるどの車もピカピカに磨かれてきれいなことだ。休みの日に家のガレージでホースとブラシ/布切れでゴシゴシ車を磨いているお父さんを見かけるが、家ではみんな同じように車を掃除するのだろう。昔から「マイカー」という言葉があるが、「マイホーム」がなかなか実現しない今日この頃、「マイカー」という言葉には自分の大事な大事な車という意味があり、その車への愛着が車の輝きに表われている。

 散歩中に犬の下の世話をする、家の前の道路をきれいにする、車をきれいに掃除する、すべて清潔さ、クリーンな社会を築く上でとても大事なことであり、それを行っている人達に拍手を送りたい。  しかし、待てよ、我等が住んでいる町をきれいにしようと努力している人が大勢いる反面、全く逆の無責任な行為を行っている人達も数多くいる。先日故郷の仙台にレンタカーを借りて帰ったが、その途中何回かサービスエリアを利用した。ゴミ箱がいろいろな所に設置されていたが、それを無視して食べ殻や空きカンが芝生やピクニック用のテーブルの近くに捨てられていた。ゴミ箱ははっきり見える位置に置かれており歩いてほんのわずかな距離なのにゴミが捨てられているのである。また、ある時田舎道を走っていると、「空きカン、空きビンのポイ捨てするな!」と「!」付きの強い調子で書かれた標識があり、その標識の近くの田んぼの道端には車から投げ捨てられたと思われる空きカンや空きビンが所狭しところがっていた。見苦しいことこの上ない。友人に聞いたらポイ捨ては日本中いたる所で見られるとのことであった。

 見苦しいと言えば、「酔っ払い天国」日本で酒に酔った男性が行う行為がすぐ頭に浮かぶ。帰宅途中我慢ができなくなって、人通りの少ない目立たない所で立ち小便をするサラリーマンがよくいる。アルコール混じりの小便は翌朝になっても不快な臭いが残る。また、帰りの電車の中で他の乗客の迷惑も考えずに大の字になって酔いつぶれている男性や気持ちが悪くなって所構わずゲロゴロ戻す男性を見かけることもしばしばである。

 また、普通は礼儀正しく小心で真面目な人が一度団体旅行で海外に出ると、「旅の恥はかきすて」という諺にもあるように、破廉恥な行動をする例が数多く見られる。一人では絶対に悪いことができない「真面目人間」が外国旅行という特別な環境に置かれ、しかも集団の一員として気が大きくなるためか、普段では考えられないような行動を平気ですることがよくある。

 しかも、始末が悪いのは一方でまめにペットの下の世話をし、社会をきれいにしようとしている人間が、一方ではポイ捨てをしたり、酔って立ち小便をしたり、外国で破廉恥なことをしたりする場合である。やはりこれはその人間がよく言われるウチとソトの観念を使い分けているからであろうか。犬、マイカー、家の前は自分の持ち物に属すからきちんと面倒を見る。しかし、空きビン/空きカンのポイ捨て、立ち小便、破廉恥な行為はソトの社会での出来事だから責任を負う必要はないと考えるのであろうか。正しい公衆道徳の観念を持っている人物であれば、後者の恥ずべき行為を行おうとする際ブレーキがかかると思われるのだが、、、。どう解釈すればいいのであろうか。すっきりした説明がなされるまで「アンバランスの美」とでも呼んでおこう。(速水健次郎「辛口エッセー」)

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