「器用な日本人」

 毎年夏になるとアメリカから帰国して数週間日本で過ごす。一年に一度の帰国なので、毎年印象が違う。今年は電車の中で見た光景が強烈な印象として焼き付いている。猛暑で異常に暑い7月初めの昼下がり、新宿で山の手線に乗った。乗客が少なくゆったりと座れた。反対側には20代後半見るからにやり手のサラリーマンとおぼしき男性が座っていた。彼は、耳にイヤホーンを付け音楽を聞きながら日経新聞を読んでいた。音楽を聞きながら新聞記事を読むのか、たぶん音楽は読書に集中できるBGMか軽いポップスかな、記事が深刻な記事だったら私は集中して読めないな、などと考えていると、突然腰の辺りを触り何かを探す様子だった。すぐにお目当てのものが見つかったらしく、それを手にした。それは、ポケベルだった。ひとときポケベルの情報を読んだ後、小脇に抱えていたバッグに手を入れ何かを取り出した。よく見ると携帯電話だった。そばにあまり人がいないせいか周りを気にすることもなくダイヤルを素早く回し話し始めた。電話で話しながらお辞儀をしている。ああよくある風景だな、相手が見えなくても電話に向かってお辞儀をするのは。何か失敗をしたのか話しながら薄笑いを浮かべてさかんに手で頭をかいている。1分ほどして電車が次の駅に到着すると、ハッと気がついたようにホームにある駅の名前を見て、電話で話しながら外に飛び出した。そして、ホームで前よりも大きな声で電話に話し始めた。

 私が見たのはただそれだけの光景である。しかし、私はそれに深い印象を受けた。音楽を聞く、新聞を読む、ポケベルに反応する、電話で話す、という4つの行為を一つの場所でわずか数分のうちに行ったという事実を目撃したからだ。思わず昔よく使われた「ながら族」という言葉を思い出した。たぶんこの男性はエリートサラリーマンで一秒の時間も惜しいんだろう。彼の一日はいったいどんなものだろうか、と私の想像は広がった。朝起床と共に髭を剃りながら歯磨き、テレビを見ながら新聞片手に朝御飯、会社では電話を両耳にあてメモを取りながら秘書に何かを指示、3ナンバーの車の中で地図を見て電話で話しながら運転、カラオケではたばこを吸いながらグラス片手に得意の喉を披露、とすべていくつかの行為を一度にする連続ではないだろうか。

 そのことがあってからよくよく考えて見ると、同じようなことはいろいろある。帰りの飛行機の中のビジネスクラスで紫煙をくゆらせウイスキーを飲みながらパソコンの画面を覗き込んでいるビジネスマン、運転している時に助手席に乗せた子供をちらちら見ながら携帯電話で話をしている奥さん、忠犬ハチ公前でイヤホーンをつけて文庫本を読みながら彼女を待っている男性など二つ以上の行為をいとも簡単にやってのける例はいくらでも見かける。

 しかし、この現象は一体何を意味するのだろうか。日本人がますます器用になったのだろうか?精神的に余裕がなくなって様々な行為を一度にしてしまうのだろうか?人間の一生が短いことを自覚して生きている間にできるだけ多くのことをしておきたいと考えるからだろうか?未だにこれだという説明が見つからず悶々としている今日この頃である。(速水健次郎「辛口エッセー)

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