「家と個人」

 金沢には数多くのお寺が市内至るところにある。特に、寺町や東茶屋街近辺に集中している。多くの墓石には宗派によって「南無妙法蓮華経」とか「南無阿弥陀仏」と書かれている。それ以外の墓石は「田中家先祖代々之墓」のように「XX家先祖代々之墓」である。ということは、日本人は死ぬと、一個人としてお墓に入るのではなくて、その家の一員として入るのである。女性の場合、結婚して夫の姓を名乗り、死ねば夫の家の墓に入る。独身のままで一生を過ごしたり、離婚して旧姓に戻ったりして亡くなった場合は、実家の墓に入る。「田中一郎」という名前の個人が亡くなると、「田中一郎之墓」ではなくて、「田中家先祖代々之墓」の一員として田中家の墓に入るのだ。このように考えると、日本では今でも「家」というものが重要な位置を占めていることが分かる。
 その良い例が兄弟の呼び方である。一人っ子の時は名前で呼ばれるだろうが、その下に妹や弟が出来た場合、両親や下の兄弟から名前の他に「お兄さん(ちゃん)」、「お姉さん(ちゃん)」で呼ばれる場合がある。日本では、家の中での序列が重要で、以前は戸籍上長男/長女、次男/次女、三男/三女など何番目に生まれたか明記しなくてはならなかった。さすがに今は「子」と明記するだけでよくなったが、今でも子供の中で長男が家の中で最も重要である。家を継ぐのも、老後の親の面倒を見るのも当然長男が期待される。長男/長女は下の兄弟を名前で呼ぶが、下の兄弟は兄、姉を名前を使わずに「お兄さん(ちゃん)」、「お姉さん(ちゃん)」で呼ぶ。長男/長女は、一番早く生まれて来たという単なる偶然にしか過ぎないのだが、アジアの多くの国々ではその偶然のために家の中で最も重要な地位を占めることになり、家の中の序列により、「お兄さん(ちゃん)」、「お姉さん(ちゃん)」と呼ばれる。
 若い二人が恋愛にせよ見合いにせよ目出度く結婚にたどり着けるのは、甚だ結構なことである。最近は自分の家で結婚式をするというのは少なくなり、ほとんどの場合ホテルや結婚式専門の式場で行われる。縁起が良い大安の日には一つの結婚式場で7つや8つのカップルの披露宴があるということもしばしばだ。その際披露宴の会場には何と書かれてあるだろうか?「田中二郎様、山川美子様御結婚披露宴」のように本来なら結婚する二人の名前がありそうだが、実際にはそうではない。いつも個人の名前ではなく、「田中家、山川家御結婚披露宴」のように家の名前が明記される。また、披露宴の最後に、来てくれた客に対してお礼の言葉を述べる。普通は初めに新郎か新婦の父親が、次に新郎がお礼の言葉を述べる。結婚する二人が中心なら、先ず新郎が、次に父親がお礼の言葉を述べるのが正しい順序であろう。しかし、現実は家を代表する父親が先で、その後で新郎が挨拶する。これも「家」の重要性を示す一例である。
 さらに、結婚相手を選ぶ場合、結婚する当人達はお互いのことを中心に考える。自分は相手を本当に愛しているか、相手と将来ずっとうまくやって行けるか、相手と相性が良いか、などを基準に結婚を決めるだろう。ところが両親を初め周りの人々はそれだけではない。相手の家柄が自分達の家柄と合うか、相手の家族構成はどうなっているか、相手の家族に変な人間がいないかなど、相手だけではなく、もっと広く相手の家というものまで総合的に判断して結婚を考える。これも「家」中心の考え方の一例であろう。
 また、「田中一郎」氏が亡くなり、葬儀が行われる際、最寄りの駅から葬儀会場までの道順が矢印で掲示される。その場合「田中一郎氏葬儀式場」ではなくて、「田中家葬儀式場」となっている。これも田中氏個人というよりも田中家の方が重要視される。
 亡くなった個人が家の墓に入らないのはどんな場合だろうか。それは分家した場合だ。その場合同じ町に住むのだったら、本家の墓の近くに建てられるだろう。しかし、全く異なる町に墓が建てられる場合でもその墓には「XX家先祖代々之墓」と刻まれるであろう。春分の日や秋分の日、お盆の時には子孫達がお墓参りをして祖先を弔う。しかし、そのお墓参りにしてもある特定の個人を敬うためにお参りをするというよりも、自分の家の御先祖様を弔うという気持ちの方が強いのではなかろうか。イジケビッチ個人のお墓参りの経験はと言うと、もう30年ぐらい前にまで遡らなくてはいけない。両親が亡くなったのはアメリカで日本語を教え始めてからのことで、春分の日や秋分の日は授業がありもちろんお墓参りが出来ない。夏に日本に戻って来る時も大体お盆の時は飛行機の切符を手に入れるのが難しいので、戻って来たことがない。だから、両親存命中の時のことしか記憶にない。両親存命中は、年に一度夏休みに帰国して、生まれ故郷の仙台に住む両親を訪ねると、親父かおふくろが車で氏家家のお墓があるお寺まで連れて行ってくれた。墓石の前に佇みお線香に火を付けて焼香した時考えたのは、「御先祖様、今無事に日本に戻って来ました。ありがとうございました」ということで、特に祖父とか祖母とか一人の個人を念頭に置いて拝んだわけではない。氏家家の御先祖様全員に向けてイジケビッチのメッセージが発せられたように記憶している。
 このように考えると、日本では今でも家というものが大きな存在であることが分かる。しかも、結婚のような大事なイベントの場合にはその中で生活する個人よりも家の方が重要な地位を占めることがある。かく言う旧家に育ったイジケビッチも結婚に関しては家族/親戚から猛烈な抵抗があった。父方の祖父が元の地主、母方の祖父が町長でどちらも古い家柄で、年寄りが絶大な権力を持っていた。アメリカ人の家内と結婚する前は、祖父や親戚から「毛唐を氏家家に入れるなんてナンセンス、長男が家を継がずに氏家家の面倒を見ないとは何たることか」などとさんざん叩かれた。今はアメリカに住んでいて親類付き合いを全くしていないし、子供達が結婚する相手は多分アメリカ人だろうから、今は日本の家の存在感をそれほど感じなくても済む。今は「たかが家、されど無視出来ぬのが家」というところだが、長男で子供が4人とも女の子である義理の弟や養子に行った友人のことを思うと、日本の家の中で生きるのは何と大変なことだろうと思わずにはいられない。 

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怎Cジケビッチ