3月ボストンで開かれたAAS/ATJの会議の時に ATJ Editorial Boardなるものの初のミーティングが開かれました。3月の時点でBoard of Directorsからやっと解放になったと思ったのに、ロッド先生からEditorial Boardのメンバーになって欲しいと依頼され、3年間ATJのためにあまり貢献出来なかったという負い目もあって引き受けてしまったのが運のつき、LangNetなるデータベース作成のために多くの教材を読まなくてはいけないことになってしまいました。
8月27日、28日ワシントンDCで第二回目のミーティングが開かれました。19日から25日までトロントで開かれていたカナダの日本語の先生の研修会とコンピュータの国際会議に出席したイジケビッチは26日帰宅の喜びを味わう暇もなくすぐ車でDCへ直行、まるまる一日半National Foreign Language Centerであったミーティングに出席しました。以前はLangNetなるものがどんな方向を目指しているのか全く分かりませんでしたが、このミーティングのおかげで概要がつかめるようになりました。現職の教師だけでなく日本語を学習している学生にとっても重要なデータベースのようです。何とかATJのためにお役に立ちたいと考えるようになって来ました。
27日の夜はまる一日の会議の後で「肴」という日本料理屋で豪華な和食を頂きました。この会議の参加者は、左からペンシルバニア大学のLinda Chance先生、ATJ会長のLaurel Rodd先生、ミネソタ大学のPat Thornton先生、オハイオ大学のChris Thompson先生、プリンストン大学の牧野先生です(以後敬称略)。
もう少し個人的に見てみましょう。初めはクリスと牧野先生です。クリスはバスケットボールで鍛えた立派な体の持ち主で、牧野先生は水泳で毎回最低1200メートルは泳ぐそうです。
次はリンダとローレルです。お気づきかもしれませんがみんな疲れた顔をしていますが、それは9時半から5時半まで真面目に仕事をしたせいです。
次はパットとクリスです。パットのお嬢さんは今度牧野先生の日本語の授業を取るそうです。
私達は肴で実際にどんな料理を食べたのでしょうか?何だと思いますか?私が食べたのは「鮨弁当」です。どんなものかお見せしましょう。
いやあ、うまかったです。これで驚いてはいけません。酒のつまみに握りを頼んだのですが、頼んだのはクリスですからどんなものが出るか想像できるでしょう。ボリュームのあるつまみですよ!
注文した量が多かったため出て来たのが各自の料理が出た後でした。それでもクリスが随分頑張って食べましたが(もちろん全員も協力して全部食べるように努力しました)、結局最後の一切れだけ残ってしまいました。あんなおいしいお鮨は本当に久しぶりでした。
こんな写真ばかり載せていたら、「一体DCで何をしていたんだ?」と疑われそうなので、実際に仕事をしたところもお見せしなくてはいけないでしょう。次の写真は翌朝コンピューターを使って実際にデータを書き入れているところです。
ローレルの入力の速さにはびっくりしました。多分一分間に120字ぐらい打てるのではないでしょうか?あそこまで行けばもう芸術品です!
次はローレルの素晴しい腕さばきを見ている他の方々の表情です。
28日お昼ごろにやっと仕事終了。となれば記念写真というのが日本人おきまりのコース。皆さん嫌々で躊躇するのを無視してイジケビッチは強引に写真を撮ってしまいました。いやはやお疲れ様でした!!!
怎Cジケビッチ
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