今年のレキシントンのテニスのトーナメントは9月1日から3日間の予定で始まった。今年は男女オープンシングルス/ダブルス、40才以上の男女シングルス/ダブルス、混合ダブルス、13〜17才のシングルス/ダブルス、8〜12才のシングルスの8種目があった。イジケビッチは男性のオープンシングルスと娘と一緒に混合ダブルスに出るつもりだった。ところが娘が夏2回しかテニスをしていずトーナメントに出たくないと言うので、最後の最後に混合ダブルスは家内とすることにした。1日は夕方6時過ぎからいくつかの種目の一回戦が行われた。
シングルスについては、イジケビッチは去年までの実績から第4シードになっていて一回戦はプレーしなくても良かった。土曜日の朝10時半の2回戦から始まる予定で、朝10時にテニスコートに行って最初の試合に備えた。しかしテニスコートに行って分かったのは、金曜日に雨が降ったためにすべての一回戦が遅れていて金曜の試合が終わってからでなければ2回戦が行われないということだった。今年は参加者が少なくて、第4シードのイジケビッチは3試合勝てばチャンピオンになれるが。今年日本に戻った時ほとんど試合用の練習をしなかったので、どこまでやれるか自信がなかった。去年のトーナメントでは、チャンピオンになったロースクールの学生に一回戦で不覚をとったので、今年は仕返しをするつもりで精神的にはかなり充実していた。しかし、肉体的にはテニス肱が悪化したのに加えて練習不足でどこまでやれるかはなはだ疑問だった。
金曜の雨はいろいろなところでスケジュールに影響を与えてしまった。イジケビッチが2回戦で対戦するはずの相手は土曜日の朝金曜の夜するはずだった試合をしたが、3セットの接戦の末勝って疲労が濃かったためイジケビッチとのシングルスではなくダブルスの試合をすることになってしまった。これはトーナメントのディレクターがスケジュールを調整するので、プレーヤーには何もできない。3セットのシングルスで2時間近くゲームをしたので、イジケビッチにはかなり有利になるだろうなどと思ったが、彼がダブルスをするということが分かったのはテニスコートに着いてから3時間ぐらいたってからだった。ということは、3時間も何もせずにただ他のプレーヤーの試合を見ていたということだ。当然そのダブルスが終わればイジケビッチのシングルスがあると予想してラーメン三袋と野菜たっぷりのいつもの昼御飯をお腹に入れてコートに戻ったのが4時ちょっと前だった。ダブルスは終わっていたが、そこで言われたのは、私のシングルスの相手が今度は次のダブルスの試合をする、ということだった。結局土曜日は6時間待ちぼうけをくわされたあげく試合を一つもしないという奇妙な一日になってしまった。
これに対して日曜日は合計4時間32分もテニスをする羽目に陥った。先ず10時半からシングルスの準々決勝があった。相手は時々一緒にプレーするロースクールの図書館員で年令もイジケビッチと同じ五十路の中年男性だった。去年準決勝まで進んだ相手だったが、イジケビッチは土曜一日中待ちぼうけをくらったうっぷんがあったのかサーブ、ボレー、オーバーヘッドとすべて快調で70分で6ー1、6ー3で快勝した。テニスコートから歩いて6分の家に戻り、1時からの準決勝に備えて大盛りラーメンをたいらげお握り2個をバッグに入れてコートに向かった。
準決勝の相手は去年のチャンピオン、ロースクールの23才の男性だった。去年のトーナメントで負けてから彼と試合をするようになり、今年は今まで9回試合をして1勝2敗で、あとの6回は時間の関係で試合の途中で止めなくてはいけなくて勝ち負けは決まらずという結果だった。客観的に考えると、年齢的には23才と五十路でイジケビッチに極端に不利、体力も身長は6フィートと176センチ、体重は75キロと65キロとかなりの差、技術的にもエドバーグのようにセカンドサーブでもサーブ・アンド・ボレーで常にネットに出て来る積極的なテニスをする若者とただスピードだけが頼りの中年のおじんでは勝つ要素は全く見当たらないが、そこがテニスの面白いところだ。テニスはメンタルな面が80パーセントだとよく言われるが、イジケビッチの場合は負けん気でテニスをしているようなものだ。この1年間去年負けた悔しさを忘れなかったイジケビッチは果敢に相手に挑戦した。第1セットの第3ゲームで相手のサービスゲームをブレイクして2対1とリードしたが、すぐ自分のゲームをブレイクされてしまってその後一進一退のまま4ー5まで行った。第10ゲーム絶対落とせない自分のサービスゲームをイジケビッチは不注意から落としてしまい4ー6で第1セットを落としてしまった。良いところまで行くのだがちょっとした不注意でサービスゲームを落とすイジケビッチのいつもの欠点が大事なところで出てしまった。
第2セットに入っても初めは一進一退でお互いにサービスゲームをキープしたが、後半に入り第9ゲーム相手のサービスゲームをブレイクしたイジケビッチは初めて5ー4とリードした。第1セットのようなことにならないように気を付けたイジケビッチはここでサーブ・アンド・ボレーが見事に決まって第10ゲームをキープして第2セットを6ー4で取った。
第2セットを終わった時点ですでに1時間40分近くたっていた。普通は75分過ぎから疲れのために集中力が落ちるのがイジケビッチの欠点だが、さすがにトーナメントとなると緊張しているのだろう。第3セットに入るといつもとは反対に相手がミスを犯すようになった。ボレーをネットに引っ掛けたり、簡単なオーバーヘッドをミスったりして大声で叫ぶようになった。相手はエドバーグを崇拝していてエドバーグのように紳士的なテニスをして、大声で叫ぶなどということはこれまでにないことだった。「こりゃしめた、ひょっとしたらひょっとするぞ」と思い始めて、積極的にサーブ・アンド・ボレーで攻撃をしかけた。5月から始めたウエイトトレーニングが効を奏したのだろう。速いサーブが的確に入り、ボレーもきれいに決まり、相手のミスも多くなって来た。そのうち信じられないようなパッシングショットが入ったり、サーブ・アンド・ボレーをしにネットに出た時触れないと思われたパッシング・ショットに触ってそれがボレーのエースになったりと良いことずくめになった。イジケビッチの好ショットと相手のミスの連続で2時間12分の長い時間の末とうとう第3セットを6ー1で取って去年の雪辱を果たした。1年待ったかいがあった。
シングルスの後30分ほどで混合ダブルスが待っていた。相手のペアはセイント・フランシスという大学のテニス部でテニスをやっていたカップルで男性は次のシングルスの決勝で対戦する相手、女性は女子のシングルスですでに優勝を決めていた非常に上手な選手だった。五十路ですでに3時間22分もテニスをしていたイジケビッチと試合経験があまりない家内では初めから勝ち目がないことは分かっていた。結果は1時間足らずで1ー6、2ー6で完敗だった。結局混合ダブルスが終わった時に雨が降り出して決勝戦は次の土曜日に延期になってしまったが、もう体力を使い果たしていたイジケビッチには恵みの雨だった。決勝の相手は去年のオープン・シングルスのファイナリストだが、5月に一度試合をして3セットでイジケビッチが勝っているので何とかなるだろう。土曜日までに疲れを取って優勝できるように努力しなくては、、、。
@イジケビッチ
「スポーツ」に戻る