今年もレイバー・デーの週末に恒例のレキシントン・オープンが開かれた。今年は夏中水不足で、トーナメントが近付くまでかなり乾燥していたが、トーナメントの始まる前日から天気が怪しくなって雨模様の天気予報だった。去年優勝したイジケビッチは再度第一シードのおかげで金曜日の一回戦は不戦勝で、土曜の朝8時半試合開始の準々決勝からの出場となった。金曜の夜はアルコールをほどほどに押さえて土曜の朝は興奮のためいつもと同じ4時半に目が覚めた。対戦相手は近くの高校のシングルスのナンバー1で若くてスタミナがあり、身長180センチ以上、体重80キロぐらいの巨漢だった。若い相手は揺さぶればなんとかなるし、一度精神的に落ち込むとなかなか回復しないので、最初の3ゲームぐらいをしっかり取れば何とかなるだろうと考えた。それより、スタミナ温存のためにできるだけ短い試合にすることを目的に試合に臨んだ。この試合は最初から好調で、深いボールをベースライン際に打ったら、たちまち3ー0となり、相手はイジケビッチが2年続けて優勝していることを知っていて、初めから精神的に負けていた。容赦なく相手の弱点のバックを攻めて、この試合は6ー0、6ー0と完勝、30分で試合を終えることが出来た。
準決勝は午後4時からで今にも雨が降り出しそうな様子だった。4時前からコートに出てサーブの練習をしていたイジケビッチは準備万端整っていて、いつでも試合ができる状態だった。というより、雨が降り出さないうちに試合を終わらせて明日に備えようと考えた。対戦相手は3年ぐらい前に6ー2、6ー3ぐらいで勝ったことがある相手だったので、あまり緊張感がなかった。でも、スタミナ温存を最優先して積極的に攻撃したら、サーブ/ボレー/オーバーヘッドすべてが成功してこの試合もわずか1時間で6ー0、6ー0で楽勝した。近くのコートでもう一つの準決勝の試合が行われていた。一人は4年前に決勝で戦ったロースクールの図書館員、もう一人はレキシントン育ちで5年ぐらい前にローアノークという車で1時間ぐらいのところにある人口10万人ぐらいの都市に移ってトーナメント経験を積んで実力をつけた40才ぐらいの男性だった。彼は職業が道化師で、フェスティバルやパレードがあると道化師の服装で笑いを誘っていた。二人を知っているイジケビッチは図書館員が6ー4、6ー4ぐらいで勝つのではないかと予想した。ところが、その道化師は5年の間にすっかりフォームを変えて、フォアもバックも極端に変則的なスライスをかける打ち方で、図書館員はそのスライスに手こずっていた。結局第一セットは長いラリ−の末道化師が7ー5で取ってしまった。第一セットが終わったのはもう5時半過ぎで次の日に備えたいイジケビッチは図書館員が勝てば楽だなと重いながら家路についた。
その夜は学科のパーティーをイジケビッチ家ですることになったいた。各自が作った物を持ち寄るポットラックパーティーでイジケビッチは3品料理した。5人の学科のメンバーのうち3人が新しい先生なので、最初が肝心だ。家族も招待したので、全部で10人にもなった。6時半から約3時間楽しい時を過ごすことが出来た。
日曜の決勝戦は午後一時からだったが、前日調子に乗り過ぎたイジケビッチはつい飲み過ぎて朝8時に起きた時むかついた。ありゃ、こりゃまずい、二日酔いの薬を飲まなきゃ、と思い急いで胃腸薬を服用して、散歩をすることにした。約1時間半の散歩でやっとむかつきがなくなり、試合に臨むことができた。
どんよりとした金曜、土曜と異なり、この日は気温が32、3度まで上がり、大変蒸し暑い日だった。娘のマヤと中国語と日本語の助手が応援に来てくれて、観客がいる試合になったので、いやがうえでもイジケビッチの気分は高揚した。ところが、イジケビッチの気分とは反対にスコアの方は伸びず一進一退が続いた。相手はスライスの効いたショットでネットに来るため、イジケビッチのトップスピンのショットはあまり効果がなくいたずらにポイントを奪われる結果になってしまった。第1セット5ー6からイジケビッチはサービスゲームを取られて、結局5ー7でセットを落としてしまった。ここまで一時間、蒸し暑いので、Tシャツを交換しなくてはいけなかった。
前日の調子の良さは影を潜めてミスの繰り返しばかりで、それは第2セットに入っても変わらなかった。1ー2からサービスゲームを落として1ー3になった時は、今年はこれで負けか、と弱気になった。でも、どうせ負けるなら最後の最後までしつこく粘ってやろうと決心したら、それが良い方向に向かいこのセットはその後5ゲーム連取して6ー3で1対1になった。第2セットを終わったところでちょうど2時間がたっていた。普通だったら、第2セットを取った方に勢いがあり、絶対に有利のはずだが、そうは問屋がおろさなかった。3ー3までは互いにサーブをキープしたが、その後はブレイクの連続だった。相手がイジケビッチのサーブをブレイクして3ー4、次はイジケビッチが相手のサーブをブレイクして4ー4、その次は相手がイジケビッチのサービスゲームをブレイクして4ー5になった。ここでイジケビッチが最後の力を出して相手のサービスゲームをブレイクして5ー5にして、次の自分のサービスゲームをキープして6ー5にした。後は相手のサーブをブレイクすれば7ー5で勝利だが、そうはならず相手がキープして6ー6になった。結局サドンデスになり、死闘の末イジケビッチが8ー6でサドンデスを制して3時間5分の決勝に終止符を打った。
レキシントンの新聞に出た記事
準決勝の相手、決勝の相手、町の目立ちたがり屋のお兄さん、中国語の助手のチャンさん、日本語の助手の寺次さん
死闘を戦った決勝の相手、町の目立ちたがり屋のお兄さん
怎Cジケビッチ
「スポーツ」に戻る