今年のレキシントン・オープンは、Labor Day Weekendの9月3日から5日にかけて行われた。今年も男子のシングルスはオープンのシングルスと40歳以上のシングルスの二つがあり、イジケビッチは昨年同様オープンのシングルスに出場した。昨年はシングルスと混合ダブルスの二つに出場したが、今年は家内がトーナメントの一週間前にひざを痛めてしまったので、今年はシングルスだけの出場にした。結果的には、それがイジケビッチには幸いした。
今年はトーナメントの数日前にハプニングがあり、精神的には最低の条件での出場となった。というのは、8月31日の夜日本人旅行者の家族がレキシントン郊外で交通事故に遭い、妻が死亡するという事件があった。生き残った夫と長女はあまり英語を話さないため、レキシントン近辺に住んでいる日本人がいろいろ手伝うことになった。レキシントンから数キロのところに住んでいる裕福な日本女性が宿舎を提供、イジケビッチが食事担当、ということで、結局イジケビッチは朝食1回、昼食1回、夕食2回、食事を作った。金曜の夜は6品、土曜の夕食は7品、とかなり無理をして不幸な家族のために頑張った。
昨年優勝したので、今年も第一シードで一回戦は不戦勝で金曜の夜試合をしなくても良かった。連日事故に遭った日本人家族のお世話で練習不足で、土曜の朝の試合は6ム2、6ム1で勝ったにもかかわらず、1時間26分もかかってしまった。日曜は午後1時から準決勝、5時から決勝の予定だった。準決勝は、サーブのスピードが時速117マイルでこのへんで最速を誇るサウスポーの相手であった。トーナメントの1週間前に、練習試合を申し込み、どこにサーブを打つか研究したかいがあって、3時間12分の長い試合の末、6対3、2対6、6対3で何とか勝った。
試合が終わったのが4時半頃で、体育館に行って急いで熱いシャワーを浴びて決勝に備えた。さすがに、スタミナはほとんど残っていなくて、相手もそれを見抜いてドロップショットを連発、イジケビッチは大事なポイントの時だけ必死にボールを追いかけて、そうでない時には全く動かない戦法を用いた。第一セット4対4で相手のサーブのゲームでアドバンテージを取り、次のポイントを何とか獲得、5対4になり、自分のサーブに全力を傾けて6対4で第一セットをものにした。それで相手ががっかりしたのか、ミスが目立ち始めて第二セットは6対2で取り、5連覇を達成した。しかし、1時間36分もかかる有り様で、満足がいくトーナメントではなかった。しかし、ランス・アームストロングがツアーデフランスで6連覇したのに刺激され、最後まで諦めないで自分のスタイルで戦えば何とかなるという楽観的な考え方が幸いしたようだ。