「身内への感謝」

 2003年8月25日テニスの全米オープンが始まり、2週間好試合が期待されている。初日の夜昨年の全米オープンで優勝して14個目の四大タイトル(全豪オープン、全仏オープン、ウインブルドン、全米オープン)を勝ち取ったサンプラスの引退式があった。1978年からアメリカで全米オープンをテレビで見ているが、 今までジミー・コナーズ、ビヨルン・ボルグ、ジョン・マッケンロー、イバン・レンドル、ボリス・ベッカーなどテニス史に名前を残す偉大な選手が活躍した。しかし、テニス選手の引退式が行われたのは今年が初めてである。それだけサンプラスが偉大だというころだろう。ある人はサンプラスを「史上最強のテニス・プレーヤー」と呼ぶ。ジャック・クレーマー、トニー・トレバート、ロッド・レーバーなど以前の有名選手のプレーを実際に見たことがないイジケビッチには、サンプラスが「史上最強」かどうかは判断がつきかねるが、「3人の最も偉大なプレーヤー」の1人であることは間違いないであろう。そのサンプラスの引退式を見ていて、二つのことが印象に残った。
 一つは、観衆の大きな拍手に涙ぐんでいたサンプラスの姿だ。司会者がサンプラスを紹介して、サンプラスがコートに現れ、最後の勇姿を披露すると、観衆は総立ちになり、サンプラスに惜しみない拍手を送った。サンプラスは、はじめ余裕を持って笑顔で応じていたが、その拍手はあまりにも大きく、数分たっても静まらなかった。10数年にわたってテニス界を引っ張って来た偉大なスターに対する純粋な観衆の感謝の気持ちの表れに、サンプラスの涙腺が弛んだのだろう。そのうち目頭が熱くなって、涙が両目を覆った。目をしばたかせたり、両手で顔を覆ったりした。それを見ていたイジケビッチも思わず目頭が熱くなって来た。日本では、優勝したといっては歓喜の涙を流し、惜敗したといっては無念の涙を流す。甲子園で熱戦を広げる高校球児も、日本シリーズで対決するプロ野球の選手も、ワールドカップでサッカーボールを追うサッカー選手もよく人前で涙を見せる。スポーツ選手と涙は切っても切り離せない。ところが、アメリカでスポーツ選手が涙を見せるのは稀である。イジケビッチはNBAボストン・セルティックスのラリー・バードやロスアンジェルス・レイカーズのマジック・ジョンソンが引退した時、感極まって目頭を押さえてすすり泣くのを目撃したことがあるが、それは本当に珍しいことだ。だから、よけいに感動的なのだろう。
 もう一つは、サンプラスの挨拶の内容だった。全米テニス協会の会長などへの感謝の言葉、同時代のライバルで、お別れの言葉を述べたジョン・マッケンローらへの言葉、ファンへの感謝の言葉と続いた。サンプラスは審判に文句を言わず、冷静に試合を進める紳士的なテニスが信条で、多くのファンに愛されたが、その人柄が挨拶にも表れていた。最後に、身内への感謝の言葉があった。絶えず精神的に応援してくれた両親や兄弟に感謝の言葉を述べた。その後、1歳にならない息子と共に奥さんがテレビに大写しになり、サンプラスが、"Last, but not least...(最後になりましたが)"と言って、「この2年間つらいことがたくさんあったが、常に家内がそばにいて私を支えてくれた」というようなことを言い、"I love you"、「これから一緒に暖かい家庭を築いていこう」という主旨の挨拶で終わった。それを聞いて、イジケビッチは、ああ、人前で素直に身内に対する感謝の言葉が述べられるのは何とすばらしいことだろうと思った。イジケビッチは10年以上前に「日本を読む」という読み方練習のためのテキストを出版したが、その中の「はじめに」というところで家族について感謝の言葉を述べた。しかし、それは書物だし、直接声に出して感謝を述べるのではないので、あまり抵抗を感じなかった。日本で印象に残っているのは、巨人の長島が引退したあの10月の後楽園での光景だ。試合の後後楽園のマウンドの上で長島は、「巨人は不滅です」とは言ったが、「私は家族の愛に包まれて野球人生を全うすることができました」「家内の内助の功でここまでやれました」などという挨拶は一切なかった。日本では人前で身内のことを口にする習慣がないし、ましてや感謝の言葉を公に述べるという習慣もない。これは、謙譲の美徳、謙遜の気持ちなどから身内を誉めることをしない日本人の性格から来るものだ。イジケビッチはアメリカに来てから25年になるが、今でも身内のことを誉められた時、その返事に窮することがよくある。英語で話をしている時にはあまり抵抗なく"Thank you"と言えるようになった。日本語で話す時にも素直に「ありがとう」と言えばいいのだろうが、どうも抵抗がある。ましてや自分から「娘は何も言わなくてもよく勉強して、親に負担をかけない良い子だ」とか「家内はよく家事をやってくれている」などと言うことには未だに大きい抵抗を感じる。日本で人前で素直に身内に対する感謝の言葉が言えるようになるのはいつのことだろうか。その日が早く来ることを願っている今日この頃である。

怎Cジケビッチ
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