「白髪とイジケビッチ」

 昔のことだが、ボストンで教えていた時同僚の女性が三十路後半で白髪が生えて来て、息子に一本10セントで白髪を抜かせた、という話を聞いた。息子にとっては小遣い稼ぎになるし、彼女にとっては簡単に白髪を抜いてもらえるので、その時は可愛らしい話だなと思った。数年前イジケビッチの白髪が増えた時、冗談半分で娘に白髪を抜いてくれたらお金をやるよ、と言ったら、「白髪を抜くなんてナンセンス、自然のままでいるべきよ」と言われてしまった。イジケビッチは童顔で、それでなくても若く見られてしまう。白髪が生えれば少しは落ち着いて見えるだろう、と思って、白髪抜きのアルバイトを頼むことは諦めることにした。
 2003年の春学期は5人の学生を連れて金沢に行った。昨年が3人で、今年は2人多い。引率する学生の数が多くなればなるほど、それだけ問題も増えると予想したが、予想に違わず1週目から問題が続発した。慣れない靴を履いたために足が化膿する、ホストファミリーのお母さんに断らずに冷蔵庫の物を勝手に食べる、女子学生が夜外出をする、などホストファミリーとのいざこざが主だった。冗談が好きなイジケビッチは、如何に学生に苦労させられたかを示すために、修了式と送別会がある日髪を白く染めて出席しようと思った。妹に髪を白くする染料を探してくれるように頼んだが、調査結果ははかばかしくなかった。白髪を黒くしたり茶色にしたりするのはあるが、黒髪を白髪にするのはないとのことだった。そんなある日妹は毛髪着色料「パルティ カラーフォーム ホワイト」というスプレー缶を探し出してくれた。これは、髪を白く染めるスプレーで、髪を洗った後すぐブラシにこれを吹き付けて、ブラッシングすればいい、というものだった。イジケビッチは修了式が来る日を首を長くして待った。
 待つこと数週間、いよいよその修了式の日がやって来た。修了式は午前11時から、その後12時半からホテルで送別会と続くので、朝5時半から50分のランニングをして腕立て伏せ、腹筋などをして、シャワーを浴びて髪を洗った。タオルで髪を乾かしてスプレー缶を取り出して、しっかりと上下に振りブラシに吹き付けた。白い泡が勢いよく飛び出して来た。これで白髪にすることができるぞ、と思うとゾクゾクした。ブラシの先が白くなったところで、前髪をブラッシングし始めた。泡が髪の表面だけをカバーしてなかなか中へ入っていかない。ブラシを毛髪の根元まで入れてゴシゴシ擦ったらだんだん良い色に変わって来た。一缶が2回分とのことなので、半分しか使えない。缶の重さが約半分になるまで、泡をブラシに出してひたすらブラッシングした。白髪がかなり目立つようになったので、後は形を整えるばかりになった。学生時代にヘアートニックを使ったことがあるが、最近は整髪料にも縁がなかったので、毛髪着色料を吹き付けた頭は自分の頭ではないような気がした。分け目をきちんとしようとブラシを動かすが、泡をたっぷり吸い込んだ髪はなかなか動こうとしない。動かそうとすると髪全体が一つの方向に動こうとする。15分ぐらい悪戦苦闘したあげく何とか形になった。
 修了式の15分ぐらい前に国際交流協会の事務長がそばを歩いていた。この事務長には能登旅行の時に毛髪着色料のことを話してあったので、呼び止めて髪がどう見えるか聞いてみた。「ああ、いいですねえ。学生に苦労させられたように見えますよ」という答えを期待したが、彼の答えは「そうですねえ、よく見ればそれらしく見えるけれど、あまり目立ちませんねえ」だった。なんだせっかく15分もかけて苦労したのにそれと分かってもらえないのではどうしようもないではないか。
 修了式は予定通り11時から始まった。誰かが髪について何か言ってくれるかなと期待したが、誰も何も言ってくれなかった。多分着色料の量が十分じゃなかったのであろう。修了式は5分ぐらいで終わったので、すぐにウイークリー・マンションに戻って再度泡を吹き付けた。缶の3/4ぐらい使っただろうか、小泉首相の髪の色と同じぐらいになったところで良しとして、送別会に臨んだ。
 送別会に出席なさったのは、お世話になったホストファミリーの人達や先生方、国際交流協会の人達で、全部で25人ぐらいいた。会場は日航ホテルの中国料理のレストランで、丸いテーブルが3つあって、イジケビッチのテーブルには交流協会の専務理事、教えて下さった先生方、学生とホストファミリーの人達、計8人が座った。1時間半ぐらい和気あいあい料理を食べながら話をした。その後も交流協会の人達とホテルから協会まで歩いて戻ったが、誰もイジケビッチの髪に気が付いた様子はなく、髪についてのコメントは一言も聞かれなかった。せっかく時間をかけて染めたのに無駄だったようだ。
 せっかく髪を染めたのだから一日はそのままでいようと思い、次の日の朝までそのままにした。夜髪に触ってみると、それはコチコチになっていた。ブラシを入れてみても、髪はなかなか動こうとはしなかった。翌日は金沢を後にして、学生を連れて京都に行く予定なので、その朝も運動は早朝ランニングをした。その後シャワーで白髪とおさらばをしたが、その時思いがけないことが分かった。お湯を頭にかけてシャンプーで洗髪したが、手に感じる触覚が変なのだ。普通の洗髪だったらスベスベした感じで髪が洗えるが、毛髪着色料を含んだ髪はゴワゴワした感じで、シャンプーの泡の出が非常に悪い。普通の倍のシャンプーを使ってやっと泡が出て来る始末だった。シャンプーが終わり、髪を乾かしてブラシを入れると、これまた感じが変だ。昨日までのべったりした感じが残っていて、髪が素直に動かないのだ。髪の中に不純物がたくさん含まれているような感じだった。一回毛髪着色料を利用しただけなのにこんなに髪に異常を感じるということは、どういうことなんだろう。毛髪着色料を常習したら、髪は一体どうなってしまうのだろうか?髪を傷つけるだけでなく、ブラシで刺激される頭皮の表面も着色料に含まれる化学物質の影響を受けるだろう。そう考えると白髪にする企ては、本当に馬鹿馬鹿しかった。でも、冗談として友人達をびっくりさせるという点から考えると、年に一度だったらまあいいか、とも思う。次に白髪にするのは、11月に開かれるアクトフル(全米外国語教師の年次総会)のイジケビッチのペーパーの発表の時だ。今度はスプレ−缶をまるまる1本使って見事な白髪に変身してみんなを驚かせてやる!
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怎Cジケビッチ