東京書籍の日本語教育ビデオを担当する部門は小規模で社内で微々たる権力しか持ち合わせていません。教科書販売という業務には文部省という大スポンサーがついているので売り上げも何百億円という規模で日本語教育ビデオの売り上げはその数パーセントにも満たないことでしょう。いくらイジケビッチが大それた企画書を送ってもあまり問題にされないのは当り前かもしれません。
また、バブル以前は金回りが良かったことと広兼さんという日本語教育に理解がある担当者がいて酒を飲みながらアイディアをぶつけると実現するということもあって、文法のビデオ7本、文化のビデオ5本、レーザーディスクと立て続けに制作することが可能でした。ところがバブル崩壊、広兼さんのトラバーユと共に状況は一変、どこかから助成金をもらってこないと作れないような状況になってしまいました。そんな折頼りにするのは市川氏と日本語教育ビデオのフィクサーである小林部長です。とりわけ小林部長は1988年に「ビデオ講座日本語」を始めるにあたっての実質責任者であられた方です。93年夏に国際交流基金のフェローシップをもらいICUのアメリカ人の教授宅で留守番がてら日本滞在をした際遊びに来て下さり、翌年日本に戻った時娘達共々お宅によんで下さって奥様のおいしい家庭料理をご馳走して下さいました。それ以来毎年戻る度に招待して下さり、今年も7月20日海の日にお宅を訪れました。
広兼さんと二人で招待され、予定の時間の4時より20分も早く着いてしまって、速歩でお宅の周りを歩いて時間をつぶした方がいいのに、広兼さんが「こんなクソ暑い中を歩き回ったら体に良いことありませんよ、行っちゃいましょう」と言い電話をかけて押しかけてしまいました。お客さん用の料理を準備した人だったら誰でも知っていますが、料理人はその時間にホカホカの料理が出せるように準備するものなのです。悲しきかなチョンガーで7、8品手作りの料理で人をもてなすという離れ業をやったことがない広兼さんはその辺の事情が理解できませんでした。案の定我々が行ったらお二人で料理の真っ最中でお二人とも苦笑いでした。
エビスビールから始まって大吟穣まで奥様の美味な料理で楽しい時を過ごすことが出来ました。フィクサーの顔の表情は千変万化で言葉で言い表すのは不可能です。広兼さんが何枚かディジタルカメラで撮影したのでそれを見ながら表情がどう変化したか見ましょう(フィクサー、カメラマンは私ではありませんからあしからず!)。
さしさわりのない話だとジョークも交えておだやかな表情でお話になるのですが、それが一旦日本語教育ビデオの話になると変化します。特に、将来1千万ぐらいかけて新しいビデオを作りたいなどということを申し上げるともうそれは渋い表情です。
「酒がまずくなるじゃないか!」「なんでそんな儲からない割りに合わない話をするんだろう」という気持ちが写真の裏に見えるのはイジケビッチだけではないでしょう。
それに対して、奥様の料理のすばらしさ、奥様との仲の良さ、奥様との出会いなど奥様に関係のある話だと全く違うのです。
それはそれは穏やかな鼻の下が5センチもあろうかと思われるほどになってしまうのです。いつか日本語ビデオの話でこのような表情になられることを心待ちにしています!
一緒にお邪魔した広兼さんは私のディジタルカメラでフィクサーと奥様の写真を10数枚撮影しました。私が使いたかったのに全然使わせてくれず、彼がカメラを畳の上に置く度にそっと手を伸ばして取り返して何枚か写真を撮りました。最初のはお宅に着いてすぐに撮った写真です。
なかなか良く写っているではありませんか。自然な表情ですねえ。腕の良いカメラマンは誰だったのでしょうか?フィクサーと広兼さんはすごい呑ん兵衛で3人で飲み出すとすぐに酒瓶が床にゴロゴロします。ただでさえ博学でいらっしゃるお二人はお酒が入るとますます本領発揮します。すてきな容器で冷やした大吟醸に舌鼓を打ち(冷たくなるのを待ち切れずに手を出した人もいますが、誰だかお分かりになるでしょう?もちろんイジケビッチではありません)、大吟醸で舌が滑らかになり、教養がトクトクと溢れ出し会話も進み、次々に出て来る奥様の料理に舌鼓を打ち、お腹が満たされると、更に喉を潤すために大吟醸と相成り、挙句の果ては一体どういう表情になるのでしょうか?
気持ち良さそうな表情ですねえ。おいしい料理とただ酒がたっぷりあれば誰でも同じ様な表情になるか、、、。
フィクサーも広兼さんもイジケビッチも奥様の料理に舌鼓を打ち酔っ払って言いたい放題言って気勢を上げましたが、その間始終相変わらず微笑みを浮かべて見守っていらっしゃったのが奥様でした。ただ、外見ではどんなお気持で私達に接したかは定かではありませんが、初めに私達が猛烈なスピードで飲み始めた時は「あらまあ、この人達はなんてせっかちなんでしょう。こんなペースで飲んだら前後不覚になって私が面倒を見なくちゃいけなくなってしまうじゃないの。大の男、それもスケベったらしい中年男を3匹も面倒みきれないわあ」といささか不安そうでした。
でも、その3匹は奥様の心配をよそに取り乱すこともなく何とか夕食を終えることが出来ました。私達が飲み終わった時の奥様の表情は初めから変わらずずっと次のようでした。
(本心:ああ、お客が暴れることなく怪我人も出ず無事に食事が済んでよかったわあ!)
美味な料理に加え、まろやかな大吟醸、知的(痴的?)な会話と三拍子揃ったら、そら気持ち良くなるわな!「ほな、どうもごっつぉうさんでした、また寄らせてもらいまひょ」と言っておいとましたのが10時前でした。フィクサー、奥様、本当にどうも有難うございました。来年は以前と同様ICUかどこかに2ヵ月滞在するつもりなので、その節はイジケビッチが御招待申し上げますので、宜しくお願い致します。ああ、それにしてもあの時飲んだ大吟醸はうまかったなあ!!!
怎Cジケビッチ
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