言葉とそれ以外の要素
 大学で三年ぐらい日本語を勉強すると、日常会話でよく使われる重要な文法はだいたい全部習い、辞書を使えば新聞の記事も何とか読めるようになる。会話もかなり難解な内容の話までできるようになる。しかし、日本に行ってすぐ問題なく日本の社会にとけ込めるかというと、なかなかそうはいかない。日本の社会、文化、習慣についての知識が不足しているために、来日当初は様々な問題に直面するだろう。将来日本に行った時に困らないように、日本での日常生活上注意すべき点をいくつか列挙してみよう。
 日本人同士の会話では、最後まで完成した文を言わないで、終わりが不完全なまま文が終わってしまうことがよくある。例えば、「今晩一緒に酒でも飲みに行きませんか?」という質問に対して、「今日はちょっと、、、」と答えたり、「宿題はどうしたんですか?」という先生の質問に対して、学生が「きのうの夜忙しかったものですから、、、」と答えたりする。何か相手に都合が悪いことを言わなければならないような場合、特にそうである。禁煙の場所でたばこを吸っている人に、「あのう、ここ禁煙なんですけど、、、」とか、図書館でみんながうるさいと思うくらいの声で話している人達に、「あのう、ちょっと声が、、、」とか言い、相手に自分の意図をわかってもらう。非難する口調ではなく、頼むような言い方をする。完全な文でなくても、聞き手は話し手が何を言いたいかすぐ理解できる。最後まで文を言う必要はなく、それでコミュニケーションが立派に成立する。日本人は「、、、」の部分が何を意味するか即座に判断できるが、訓練を受けていない外国人にはなれるまで少し大変であろう。
 また、日本語のクラスでは、相手の話しに同意する時は「はい」を使い、同意しない時や反対する時には「いいえ」を使うと習う。ところが、実際にはごく限られたシチュエーションでしか日本人の口から「いいえ」という言葉を聞かない。「アメリカの独立記念日は七月五日ですか?」とか「山田さんはまだ東京にいますか?」というような事実の確認のための質問には、「いいえ」を使って答えを言うことが可能である。また、「英語がとてもお上手ですね」とか「奥さんは料理にかけてはホテルのコックにも劣らないくらいですね」とか言われて、「いいえ、まだです」とか「いいえ、家内の料理はお客さんに出せるようなものではありません」とか謙遜の気持を込めて使う場合には問題がない。しかし、自分の意志、判断、価値観などについて質問された時にどうなるであろうか。例えば、次の月曜日までに部長に二つレポートを出さなければならないサラリーマンが、「今度の土曜日にみんなで花見に行きませんか?」と誘われた場合何と言うであろうか。「いいえ、レポートを二つ書かなければならないので行けません」とは決して言わないだろう。たぶん「土曜日はちょっと、、、」とか、「是非行きたいですねえ。でもちょっと用事があって、、、」とか、「土曜ですかあ。土曜日は先約がありますから残念ながら、、、」など、「いいえ」を使わないで、他の表現で断るであろう。また、誰かが意見を述べ、それについて考えを聞かれ、全く反対の考えを持っている場合、例えば、「田中さんは来年四月からニューヨーコにオフィスを開くべきだという意見ですが、その考えに賛成ですか?」と聞かれ、自分はニューヨークで仕事をはじめるべきではないという考えを持っている場合、どう答えるだろうか。「いいえ、私は田中さんの考えに反対です」と言う人はまずいないだろう。「田中さんのお考えもよくわかります。しかし、、、」とか「確かにそうかもしれませんねえ。でも見方を変えてみますと、、」のように直接田中さんの考えに反対するということを言わず、「いいえ」を用いることを避け、異なる表現を用いて反対の意見を述べることが多い。つまり、できるだけ「いいえ」を使用せずに他の言い方で「いいえ」という気持を伝えようとしているわけだ。英語の「No」と同じ意味で「いいえ」を使うと人間関係がスムーズにいかなくなる恐れがあるから十分気をつけなければならない。
 慣用的な表現をよく知らないために変なことになってしまう例も多数見受ける。例えば、道で近所の人に会いあいさつをする。その時相手に「どちらへ?」と聞かれ、どうしてそんな個人的なことまで質問するんだろうと思いながら「これから喫茶店でデートをします」と答えるアメリカ人がいる。これは「どちらへ?」という質問があまり意味がなく、ただ儀礼的な質問である。ということがわからないことからくる。「どちらへ?」と聞かれたら、わざわざ実際にどこに行くか言う必要は全くない、「ええ、ちょっと」とか「ちょっとそこまで」とか答えるだけでいい、ということを知っていれば問題にならない。あいさつのつもりで「どちらへ?」と聞いた人も具体的にどこへ行って何をするか長々と説明されたらきっとびっくりしてしまうだろう。
 又、日本にはパーティーや食事に招待されてごちそうになったら、次に会った時に初めにそれについて一言お礼を述べるという習慣がある。「先日はおいしい物をごちそうになり本当にありがとうございました」とか「この間はどうも、、、」とか言って会話をはじめる。一言言うことによって、共通の楽しい時間を過ごしたことをお互いに確認し、それを土台にしてもっと良い人間関係を築いていこうという意志を表明する意味がある。ところが、英語にこの習慣がないため、これについてクラスで勉強したことのある人でもこの習慣を忘れて無視してしまい、不快の念を日本人に与えてしまうことがよくある。その人が何も言わない、何か一言先日のことについて言ってくれてもいいじゃないか、と日本人が思ってしまったら、それだけで二人の人間関係が悪くなってしまう恐れがある。
 日本では、人の家を訪問する時手みやげを持って行くのが普通である、ということは少し日本語を勉強した外国人なら大抵誰でも知っていて、自分達も日本人の家を訪ねる時、デパートにでも寄って手みやげを用意して行く。そこまではいい。ところが、日本人がもらった手みやげをどうするか知らないと、少々厄介なことになる。手みやげをあげると、相手はそれに対してお礼を言い、その手みやげを自分の横か仏壇のそばにでも置いてしまう。アメリカだったらすぐ開けて中を見る場合が多いのに、全然開けて見ようとしない。私の手みやげに興味がないのだろうか、何か変なことをしてしまったのだろうか、などと余計なことを考えはじめてしまう。日本人は、お客の目の前でもらった物を開けるのははしたないとでも考えるためか、普通はお客が帰ってから開けてみる。それを知っていれば余計な心配をする必要がない。
 アメリカでは、「うちの子供はよく私の言う事を聞く」、「主人は家事の手伝いをよくしてくれ良い主人だ」、「家内は料理がとてもうまい」などと自分の家族などの身内のことを誉めたり、良く言ったりするのを頻繁に耳にする。素直に自分が感じたことを言葉で言い表せることは素晴しい。しかし、同じことが日本でできるだろうか?「謙遜」を美徳と考える日本人は身内のことについて愚痴を言うことはあっても、誉めることは稀である。「主人はいつも帰りが遅くて子供と遊ぶ時間が全然ないんですよ」、「うちの子供はファミコンでばかり遊んで全然勉強しなくてこまっているんです」、「家内は料理が下手でうちで手料理をごちそうできないのが残念です」とか言うのをよく聞く。たとえ「おたくの息子さんは成績が良くて結構ですね」と誉められたとしても、「ええ、おかげさまで。よく勉強してくれるので、助かります」などと答える人はいず、大抵「いいえ、遊んでばかりいて困りますわ」とか「いいえ、もう少し勉強してくれるといいんですけど、、、」とか否定的な返事をする傾向がある。その習慣を知らずに自分の身内を誉めるようなことをたくさん言うと、ごう漫な人間と思われてしまう危険性があるから十分に気をつけなければなるまい。
 普通はよく使う言葉も場合によっては変に聞こえることがよくある。昼間人に会った時に「こんにちは」と言うということは一年生の初めに教えられる。ところが、誰にでも使えるわけではない。一緒に住んでいるホストファミリーの家族の誰かと町で偶然会った時、「Hi!」の意味で「こんにちは」と言うアメリカ人がいるが、これは正しい使い方ではない。日本では、毎日顔を合わせている家族に対して「こんにちは」は使わない。また、英語ではよく「How are you?」を使うためか、「How are you?」という意味で毎日会う人に「お元気ですか」を使うアメリカ人がいる。しかし、これも日本人はしない。毎日会っていれば元気なのがわかるからであろう。その代わりに天気の話などをして会話をはじめるのが普通である。また、大多数の学生はオフィスに来て話をして出て行く時「さようなら」と言って帰る。小学校で一日の最後に先生が「じゃあ、みなさんさようなら」と言い、それに対して生徒が「先生、さようなら」と言ってから生徒同士で「みなさん、さようなら」ということがあるが、大学生が目上の人に別れのあいさつをする時に「さようなら」では子供っぽい。会社や大学の研究室を出る時はやはり「失礼します」である。
 以上に述べたような事は、しばらく日本に住んでいれば徐々にわかって来ることであるが、もちろん日本に行く前に知っておいた方がいい事柄である。これらの点に留意し、有意義な日本滞在ができるように努力してほしいものである。

難解(なんかい)な  とけ込(こ)む 来日(らいにち) 当初(とうしょ) 直面(ちょくめん)する 列挙(れっきょ)する 日本人(にほんじん)同士(どうし)の会話(かいわ) 完成(かんせい)する 不完全(ふかんぜん)な 禁煙(きんえん) 意図(いと) 非難(ひなん)する 理解(りかい)する 立派(りっぱ)に 成立(せいりつ)する 即座(そくざ)に 判断(はんだん) 訓練(くんれん) 同意(どうい)する ごく 限(かぎ)る 独立(どくりつ)記念日(きねんび) 事実(じじつ) 確認(かくにん) ーにかけては ーに劣(おと)る 謙遜(けんそん) 込(こ)める 意志(いし) 価値観(かちかん) 花見(はなみ) 誘(さそ)う 決(けっ)して 先約(せんやく) 残念(ざんねん)ながら 断(ことわ)る 賛成(さんせい)する 直接(ちょくせつ) 避(さ)ける 異(こと)なる ー恐(おそ)れがある 慣用的(かんようてき)な 多数(たすう) 見受(みう)ける あいさつ 個人的(こじんてき)な 喫茶店(きっさてん) 儀礼的(ぎれいてき)な 具体的(ぐたいてき)な 長々(ながなが)と 招待(しょうたい)する ごちそうになる お礼(れい)を述(の)べる 共通(きょうつう)の 過(す)ごす お互(たが)いに 確認(かくにん)する 土台(どだい) 築(きず)く 意志(いし) 表明(ひょうめい)する 無視(むし)する 不快(ふかい)の念(ねん) 先日(せんじつ) 訪問(ほうもん)する 手(て)みやげ 厄介(やっかい)な 横(よこ) 仏壇(ぶつだん) 余計(よけい)な はしたない 家事(かじ) 身内(みうち) 頻繁(ひんぱん)に 素直(すなお)に 言(い)い表(あらわ)す 素晴(すば)らしい 美徳(びとく) 愚痴(ぐち) 稀(まれ) ファミコン 成績(せいせき) 否定的(ひていてき)な ごう漫(まん) 危険性(きけんせい) 偶然(ぐうぜん) 顔(かお)を合(あ)わせる その代(か)わりに 大多数(だいたすう) 別(わか)れ 子供(こども)っぽい 徐々(じょじょ)に 事柄(ことがら) 留意(りゅうい)する 有意義(ゆういぎ)な 滞在(たいざい) 努力(どりょく)する

次の質問に答えなさい。
1.日本人が文を最後まで言わないことがよくあるのはどんな場合ですか。

2.日本人の「いいえ」の使い方に関して簡単に自分の言葉でまとめなさい。

3.道で知っている人に「どちらへ?」とたずねられたらどうすればいいんですか。

4.「この間はどうも、、、」という表現について簡単に説明死なさい。

5.「手みやげ」の習慣について簡単に説明しなさい。

6.自分の家族について話す時、日本人は普通どうしますか。

7.「こんにちは」と「お元気ですか?」の使い方について簡単に説明しなさい。
 「こんにちは」ーー

 「お元気ですか?」ーー

怎Cジケビッチ
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