「福沢諭吉」

 明治維新の前に三度も海外旅行をした日本人は福沢諭吉ぐらいであろう。一万円札に肖像があって、福沢は日本人にはお馴染みであり、明治時代最も有名だった民間人の一人である。彼の生涯は様々な点で非常に興味深い。

   福沢は1835年大阪で下級武士の家に生まれた。福沢が1才半の時に父親が亡くなったので、母親は5人の子供を連れて故郷の中津へ戻った。普通の子供は4、5才から学問を始めたが、福沢は14、5才から始めた。勿論当時の子供と同じように読み書きから始めて漢学を習った。19才の時長崎で蘭学を勉強しはじめて、後に大阪(の緒方洪庵の適塾)で勉強した。23才の時江戸で蘭学を教えるための学校を始めたが、この学校がその後今日本で最も有名な私立大学の一つである「慶応義塾大学」になった。

   福沢は24才の時外国人がどんな生活をしているか見るために外国人がたくさん住んでいる横浜に行ってみた。そこで今まで勉強していたオランダ語を使って外国人と話をしてみたが、オランダ語が全く通じなかった。横浜で使われていた言語が英語だったからである。この時初めて英語が国際的に通用する言語だということが分かって、それ以来英語の勉強を始めた。

   翌年徳川幕府が条約を批准するためにアメリカに使節を送った時、頼み込んで福沢も行かせてもらった。勝海舟が船長の咸臨丸で渡航したが、その船にはジョン・万次郎も通訳として乗っていた。サンフランシスコでアメリカがどうなっているか自分の目で見て、アメリカが如何に進んでいるか実感した。1862年には遣欧使節団の通訳として約一年イギリスやフランスなどヨーロッパの国々を見て回った。この時の経験を基にして1866年に「西洋事情」という本を出版して、西洋の文明、文化を日本に紹介した。この本は当時ベストセラーになり、最後の将軍になる徳川慶喜さえ読んだと言われている。1867年には江戸幕府の幕臣として軍艦受け取りのため再度アメリカを訪れ、多くの書物を購入して、それを自分の学校で使ったり、翻訳して日本人に紹介したりした。

   明治に入ってからは、1872年に「学問のすすめ」という本を出版して、それも大ベストセラーになった。その後も様々な本を出して西洋の分明、文化を日本に紹介し、日本人にこれからの日本はどうあるべきか説き続けた。

   福沢は、明治時代最大の啓蒙家と言われている。福沢の本が多くの日本人に読まれたのは、分かりやすい言葉で書いてあるからだ。学者や知識人だけを相手にするのではなく、一般大衆に向けて平易な言葉で難しい思想を分かりやすく説明した。また、本を通してだけでなく、日本にスピーチを紹介したことでも有名である。慶応大学に演説館を作って、難解な思想を分かりやすい言葉で説明する必要性を学生に教えた。さらに、「時事新報」という新聞を発行して、その中で独自の斬新な思想、様々な情報を日本人に提供した。

   彼は子供の頃下級武士の子供である自分が身分が高い武士の子供に敬語を使わなくてはいけないことを経験して封建制度を嫌悪し、士農工商という身分制度のために出世できないのはナンセンスだと考えていた。明治維新になって新しい社会になると、「学問のすすめ」の中の「人は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」に見られるように、人間は平等であるべきだ、日本人は国民として、また個人として独立しなければならない、と主張した。福沢は封建時代の身分制度を打破した第一人者と言ってもいい。

   また、福沢は明治維新と共に武士であることを放棄して自分は「平民」であると主張した。明治政府は、新しい社会の中で福沢に精神的リーダーになったもらいたかったので、何度も政府のために働いてほしいと要請した。しかし、自由な立場で日本人、日本の社会のために貢献したいと考えた福沢は、政府の要請を断り、一個人として日本のために奔走し、外から明治政府を精神的に支援した。

   1901年に68才で亡くなったが、一生の半分を江戸時代、後半の半分を明治時代に過ごした福沢は、日本人の精神的な支柱となって活躍した。

次の質問に応えなさい。
1 福沢諭吉が蘭学を勉強しはじめたのは何年ですか。

2 福沢が横浜に行ったのはどうしてですか。

3 横浜に行って分かったのはどんなことですか。

4 福沢の3回の海外旅行について簡単に説明しなさい。

5 多くの日本人が福沢の本を読んだのはどうしてですか。

6 時事新報で日本人に提供したのはどんなことですか。

7 福沢が封建制度を嫌ったのはどうしてですか。

8 福沢が明治政府で仕事をするのを断ったのは何故ですか。

参考文献:
「福翁自伝」 福沢諭吉 岩波書店 1978
「小説福沢諭吉」 大下英治 学陽書房 1996
「福沢諭吉の精神」 加藤寛 PHP研究所 1997
「福沢諭吉」 小泉信三 岩波書店 1966
「新しい福沢諭吉」 坂本多加雄 講談社 1997
「福沢諭吉」 桑原三郎 丸善 1993
「福沢諭吉」 岩井護 成美堂 1998
「福沢諭吉快男子の生涯」 川村真二 日本経済新聞社 2000

怎Cジケビッチ
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